豊橋市 技術部門
ここ東三河地域は、日本一の農業生産額を誇り、また営農作物の品目も100種類近くあると言われる、日本有数の農業地帯です。そんな東三河で、良き伝統を守りつつも革新的努力をし続け、「真」の農業経営者となるべく切磋琢磨している、農業のプロフェッショナルの方々がいます。今回紹介するのは、どこまでも真摯に「農」に対して向き合っている生産者集団、豊橋百儂人さんです。
2009年に初代の代表で檸檬農家の河合さんの「農業で町おこし、農家の地位向上」という呼びかけのもとに、4人で発足した豊橋百儂人さん。現在は15人に増えて今年は節目の5周年を迎えます。
百儂人さんは、農家の方を儂人と呼び、儂人一人に対して原則一つの作物のみを認定するという「一作物一儂人制」という制度や、生産者の方々を、165項目にも及ぶ評価・認定基準によって、生産者と消費者が双方向から厳しく採点する評価表などを用いて、ユニークな取り組みをされています。
そんな百儂人に3月から加わり、葡萄儂人として活躍されている岩瀬宏二さんと豊橋百儂人の事務局の清水貴裕さんにお話を伺ってきました!!
岩瀬さんは高校と大学でテニス部の主将を務め、高校時代には東海地区代表として全国選抜高校テニス大会に出場するなど輝かしい成績を収められたそうですね。また卒業後もストリンガー(ラケットにストリングを張る高度な技術を要する職業)として、マイケル・チャンや杉山愛をはじめとした世界の一流プレーヤーのストリングを担当されていたとお聞きしました。 テニスの世界を離れて実家の果樹園を継ごうと思われたのはなぜですか?
【岩瀬】大学卒業後はテニスと関係のある仕事を始めようと思ったのですが、安定していない仕事であることは分かっていました。しかしそれでもやろうと思えたのは、将来果樹園を継げば大丈夫だという思いがあったからです。なので、ストリンガーという生活が不規則な職業に就くときにも決断できたのだと思います。果樹園の仕事を手伝い始めたきっかけは長男の誕生だったのですが、両親が果樹園を継ごうと思えるような農場経営をしてくれていたことも大きいですね。両親が一生懸命やっている姿を子どものころから見てきましたので、いつか自分がという思いもありました。
それだけでなく、ここ東三河が、柿の全国大会が開かれるほどの次郎柿の生産地であることからもわかるように、果樹栽培がやりやすい地域であったことも一因です。
農業は、現在、子どもには人気のない職業となっています。しかし、なんとか「農業が子どもたちのなりたい職業になってほしい」という思いを持って、農業を始めることにしました。
岩瀬さんの果樹栽培に対するこだわりを教えてください。
【岩瀬】私は今、「おいしい」って何だろうってとても気になっているんです。
ワイン用の葡萄を考えていただくとわかりやすいのですが、ワイン用の葡萄は、ワインにすることでおいしく飲むことができますよね。加工品っていうのはそのままでは食べにくいものを加工しておいしくするものだと思います。生産品の魅力を多角的に知っていただくために、加工品や料理のレシピの研究もできますが、私は私たちの果樹園から提供させていただく果物はすべて、「皮をむいてそのまま食べてすぐにおいしい。」ということに気が付いたんです。ですから岩瀬果樹園では、生そのものの味で勝負しています。
消費者の方々の目線で考えると、果物って調理せずにそのまま食べますから、買ってきて家で皮をむいた時においしくなかったら、どうしようもないんですよね。ですから私は「皮をむいてそのまま食べてすぐにおいしい。」ということを原点に、一個一個が真剣勝負だと考えているんです。
私はこの真剣勝負の目標として「うちで買えば間違いない」という安心感を目指しています。これは以前あった話なのですが、梨の収穫をしていて、食べてみるとあまり良い出来ではないなと思うものが一つあったんです。たった一つだけなんですが、私はその一つだけでなく他にもたくさん出来の悪いものがあるような気がして、疑心暗鬼になってしまったことがありました。自然を相手にしていますから、年によって気象条件は異なりますし、全部が全部完璧にということは無理なのですが、消費者の方々のことを考えると全ておいしいものにしたいですよね。消費者の方の安心感につながるのであれば手間暇は惜しみません。
一つ一つが真剣勝負とは苦労も多いことと思います。何か栽培方法で工夫されていることはありますか?
いろいろとありますが、エコファーマー(※)としての取り組みの例を挙げると、キノコ栽培をしている方からは栽培に使った菌床を、畳屋さんからは処理に困った畳を譲り受けて、連作障害を防ぐための土壌改良剤として使用しています。岩瀬果樹園では、利害に差がつかない平等の依存関係による循環社会が、農業の基本にあらねばならないと考えていますから、作った作物を最後まで無駄にしない「All Win」の関係は理想的なカタチですね。
また、私は葡萄の他に梨と柿も作っているのですが、中でも梨の栽培では通常は袋をつけて栽培するところを、「幸水」を含め、早生品種(愛甘水、あけみず、筑水、秋水)の栽培に当たっては袋をつけないという工夫をしています。袋をつけないことで日光に良く当たりますので、糖度が増すんですね。ヨゴレ、擦れなどにより見た目が若干悪くなることもありますが、形そのものは崩れません。それに、「皮をむいてそのまま食べてすぐにおいしい。」が原点ですからね。そのまま食べておいしい、甘い梨が出来上がります。シャキシャキ感もあっておいしいですのでぜひ食べてみてください。
※環境保全型農業の担い手に対して愛知県が認定を行っています。5カ年計画で、有機質資材を使った土壌改善、化学肥料を低減させ有機質肥料を使う農法、化学合成農薬を低減させる技術と工夫が求められます。
真剣勝負で果樹の栽培に取り組まれている岩瀬さんですが、2014年の3月から豊橋百儂人に入られました。岩瀬さんから見た百儂人について教えてください。
【岩瀬】私が豊橋百儂人さんに参加させていただいて一番嬉しかったのが、165項目の評価・認定基準をいただいたことなんです。それまではこうした評価をしてもらったことが無かったですから、客観的な評価はうれしいですね。
年に二回行われる評価には、生産者の自己評価とサポーターの皆さんの客観評価があり、項目は「消費者との絆作り」、「農業の匠」、「改革精神」、「郷土愛」、「情報発信」、「芸儂人」の6つに分けられています。生産者の自己評価は私自身からみた評価なのですが、一つずつ評価が上がっていくのが嬉しいんですよね。評価項目の中には、「事業内容や信念を2時間以上話せるか」であったり、「語学が出来るか」というユニークなものがあって、更に語学の中に「儂人語」というオリジナルの言語があったりして、けっこう楽しみながらチェックしています。私はその中でも「郷土愛」の判断基準が好きですね。
地域コミュニティへの参加が評価の対象になっていて、PTAであったり、地域で生徒の見守りを行う委員などを務めることも評価の対象なんです。ですから、子育ても仕事の一つなんだと捉えています。農業という仕事は地域のコミュニティに参加していくことも大切なのではないでしょうか。
岩瀬さんは豊橋百儂人の一儂人としての立場からでしたが、事務局の立場から見た百儂人の面白いと思うところを教えてください
【清水】豊橋百儂人は「こだわらない所にこだわりがある」のだと思います。私は裏方として仕事をしているのですが、生産者の方たちの農業を一くくりにはできないんです。毎月一回の会合を行っているのですが、発足以来欠かすことなく行われており、今までに56回行われています。会合は皆さんそれぞれがしっかりとした考えを持って発言されるので、良い意味でまとまらないんですが、「地域を農業で元気にする」という想いは一つです。
また、豊橋百儂人に「儂」という字を用いたことにもこだわりがあります。もともとは「農」という字を使っていたんですが、檸檬農家の河合さんが「『儂』を使ったらいいじゃないか」と提案してくださったんです。「儂」という字は「わし」とも読みますよね。「わし」というのは、昔の地域のコミュニティをまとめ、最も尊敬されていた古老の方が使われていた言葉なんです。今一度、村の古老が尊敬されていた時代を思い出すことで、現代社会の有様を見直し、豊かな食を守りついで繋いでいくために、共に農業を支えて欲しいという思いを込めて、私たちは「儂」という字にこだわっています。それだけでなく、「儂」という字には「人」が使われていますから、消費者が生産者を、生産者が消費者を互いに支えあい、人と人とが支えあっていこうという意味も込められていますよ。
これからどんな活動をしていきますか?
【清水】豊橋百儂人としましては、やはり「地域を農業で元気にする」という想いのもとに活動していこうと思います。今年5周年を迎えた百儂人ですが、百儂人には「新3K」という言葉があります。「KAKUMEI 革命・KASSAI 喝采・KAIKI 回帰」という3つのKが柱となっており、それぞれ、現状に満足せず常に改革すること・団体として積極的にアピールしていくこと・原点回帰を忘れないことを意味しています。これからの5年間も10周年に向けて「新3K」を意識していきたいですね。
また現在力を入れている活動としては2つあるのですが、一つは11月8日に開催される5周年の記念イベントです。これについては百儂人の中で実行委員会をつくり、実施に向けた準備をしているところです。
もう一つの取り組みとしてはキッチンカーがあります。これは豊橋百儂人とコラボして地域農産物等のPRに取り組む移動販売店舗なのですが、百儂人どんぶりや百儂人スムージーなどを販売しています。儂人さんたちのこだわりの農畜産物を使ったメニューですので、おいしいこと間違いないですね。東三河の各種イベントに出店していますので、ぜひ一度百儂人を味わってみてください。
【岩瀬】私は百儂人に今年の3月に入ったばかりですので、できることは一生懸命にやりたいですね。まだまだわからないこともありますし、他の儂人の方から刺激を受けてがんばっていきたいですね。
私は、消費者の方々から「おいしい」という声をかけていただいたときにやりがいを感じるんです。農業ってやっている作業はすごく地味でなんですが、その一方で皆さんの食べるものですから、決して無責任にはなれないんです。厳しい環境ですが、配達の際などに「岩瀬さんの梨おいしかったよ」などと声をかけていただくと、人と人との信頼関係があることを実感しますね。これからも「おいしい」果物をみなさんに届けていきたいです。
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岩瀬さんは、これまで果樹栽培を続けてこられた上での苦労や、現在も試行錯誤を重ねていらっしゃることなどを包み隠さず話してくださいました。「真剣勝負の一個」という言葉に表されるように、自身に妥協をせずに栽培していらっしゃる岩瀬さん。話してくださった中でも、「消費者の方のことを考えたら手間暇をかけることも普通のことだと思うんですよね。」という言葉に感動しました。岩瀬さんは自身の苦労を考えるよりも、どこまでも消費者の目線に立って「おいしい」を追求されているのだと感じました。何気なく食卓に並ぶ一個の果物ですが、農家の方々への感謝を忘れてはいけないと実感すること出来ました。
豊橋百儂人ホームページ https://agri.aichi.jp/
岩瀬果樹園 http://iwasekajuen.com/
取材日:平成26年8月26日
取材者:金沢大学 大橋和輝